No.003 命を感じる仕事~田口さん
No.003 TAGUCHI YUJI
田口 雄二さん
くまもとの地鶏・天草大王炭火料理と炭火焼き鶏「ヤキトリマン」代表
くまもとの地鶏である天草大王の炭火料理と炭火焼き鶏の店「ヤキトリマン」では、自ら育てた地鶏「天草大王」を提供。地元の人にも県外からのビジターにも愛される焼き鳥のうまい店経営。
誇れる仕事をしようと思って
誇れる仕事ー。自分にも、自分の子供にも、世間にも誇れる仕事。
それは、誰もが一度は夢見たことのある仕事ではないだろうか。
でも、実際に行動に移すのは難しい。毎日の生活で精一杯、というのが大半だろう。
しかし、そんな仕事にチャレンジし、奮闘している人がいる。
田口さんが勇気あるその一人だ。
焼き鳥店を経営していた40代後半、鶏を仕入れるだけではなく、自ら鶏を育てることを決意した。
大自然に囲まれた山の中にある養鶏場。
私たちは鶏肉についてどのくらい知っているのだろうか
農林水産省の食鳥流通統計調査によると、 昨年(平成28年)の肉用若鶏の処理羽数は約7億6千羽、処理重量は217万トン。さらに輸入量は55万1,181トン。日本の人口1億2,686万で単純に割ると、一人当たり年間約21.5㎏となる。一か月で1.75㎏、一日の食事の量にすれば約62g。スーパーに調理用の肉として並んでいるこれらの処理肉のほかに、輸入冷凍チキンナゲットやピザのトッピングなど、形を変えて私たちの食卓にのぼっているので実際の鶏肉の消費量はもっと多くなると予想される。
増える人口の胃袋を満たすため、ブロイラーという鶏肉が普及し始めたのは昭和40年頃。「ブロイラー」とは大量生産に適した品種に育種改良された鶏のことだ。自然界の鶏が生育に4~5か月かかるところを、ブロイラーは40~50日で成鶏になる。それだけ出荷の手間もコストも省け、量産できる。ただ、ブロイラーは急激な成長により自らの体を支えるのが難しく歩行困難となったり、心臓に負担がかかるケースも多い。最近では、鶏の品種系統の選抜にあたって、生産性だけでなく動物福祉や鶏の健康状態も考慮すべきという観点から、持続可能なSG品種(スローグローイング:比較的成長に時間がかかる品種)のブロイラーを採用したり、じっくり育てる地鶏や銘柄鶏などを育てる動きも出ている。
地鶏を育て普及させることは、地域活性化だけでなく、家畜の動物福祉の改善にもつながる一面を持つことは意外と知られていない。
養鶏の難しさと醍醐味
まだまだ成長途中のやんちゃな若い鶏。とっても元気です。
「研修で習ったことと実際の養鶏は全然違ったので大変でした。」と、田口さん。
養鶏は100の鶏舎に100の飼い方、と言われるほどその在り方がバラバラ。マニュアルが通用しない難しい仕事だ。そして大変手間がかかる仕事でもある。
例えば、雛鳥はとてもデリケートなので、2時間おきに室温やえさの量をチェックしなければならない。
かわいらしい声でピヨピヨと鳴く雛たち。見ているだけで癒されます。
鳥インフルエンザや様々な病気も懸念されるので衛生面にも気を配り、何棟もある鶏舎の清掃も大仕事だ。
「中でも一番大変なのは、群れを管理することです。」と田口さん。オスは特に気が荒いので群れでは喧嘩が起き、上下関係もある。弱い鶏はいじめられ、つつかれて傷つき、食べる量も少ないので痩せて売り物にならない。そんな鶏は、一般には死ぬまで放置し捨てることが多い。田口さんは、かわいそうなのでいじめられている鶏を見つけたら早めに群れから出し、食用として処理する。
「やはり、生まれてきた以上、長い間つらい思いをさせたくないし、ちゃんと食べてやりたいと思うんです。人間の勝手なエゴかもしれないけれど。」
「鶏は抱くとあたたかさがある。人やペットと同じ温かさ。命を感じます。」
だから、せめて100%使って食べてあげるのが目標だという。
「骨は鶏ガラスープにしたり、調理で余った肉をミンチにしたり。せめてロスの無いように全部使ってあげたいです。」
田口さんの言われたように、鶏は温かい。小さな命を感じる。
生産者として、料理人としての2つの視点
田口さんの育てる地鶏「天草大王」は、ヤキトリマンのある熊本県のブランド地鶏。
「生後140日くらいの、歯ごたえのある弾力で出荷するのが一般的ですが、うちは120日程度で出荷しています。」と、夕方私たちが訪れた「ヤキトリマン」で、焼き立ての鶏を目の前に説明していただいた。
ジューシーで絶妙な歯ごたえ。地元天草の天然塩を使用。肉の部位に合わせて塩の種類を変えるという。
「地鶏イコール固い、というイメージがまだまだ強いと思います。うちでは一般の方になじみやすいよう、やわらかめの地鶏を提供しています。まずは広めること、おいしいと思っていただくことが大事だと思うから。」
確かに、食べてみて思ったのは適度な歯ごたえで大変食べやすかったこと。
実際、私の4歳の息子もおいしい!おいしい!と言いながら次々に平らげるほど。
地鶏、と一口に言っても様々な品種があり、成長過程で肉の歯ごたえが違うのだ。オスとメスの肉、また、部位によってもやわらかさや味が違う。
鶏を育て、鶏を知り尽くしている。生産するだけでなく、料理人として何度もレシピを試し、ベストな調理法を日々考えているから、最高にうまい。
知る人ぞ知る「ヤキトリマン」。ただの店ではない。
レトロな外観がかわいい。地元の若者・家族連れ、県外からも特別な味を求めて集まる人気店。
ビジネスも、環境も循環型を目指して
「鶏を仕入れて、調理してお客様に出して終わり、ではなく、これからは社会的な循環を考えていきたいと思います。」と新たなビジネスモデルの提案に意欲満々の田口さん。
「鶏を育てて鶏糞をたい肥に、そのたい肥を販売してもいいし、自分の畑にまいてもいい。畑で育てた野菜を鶏の餌にすることも考えています。ビジネスも環境問題も、循環させないとこれからは成り立たないのではないでしょうか。」
右)田口さん。左)グリーンフィールド:松崎
天草の青い海が一望できる丘の上に鶏舎がある。
何にでものめりこみ、こだわる気質が行き着いたのは、循環型を目指すビジネス。
「大変だけど、やはり面白い。もっともっと極めていきたい。」
トークを終えてー
私たちが食べている鶏肉は、自然がくれた命の恵みであり、貴重なエネルギー源であり、ドライな言い方をすれば食品でもあります。人間の持つ「倫理観」と、増加した人口の胃袋を満たすための「生産性」の間で常に揺れ動き、賛否の分かれる食肉の生産業界。
普段の生活では、「おいしいか、まずいか」だけを判断基準に食事するばかりで、生産現場について思いをはせることはほとんどありません。今回の取材は、命をいただくことへの感謝や葛藤、そして、食の向こう側にある命と向き合うこと、目を背けていること、忘れていること、思い出すことなど様々な思いが交錯した時間でした。
文・写真:松崎ちさと